2012年04月30日

鉄の女との思い出

鉄の女と私.jpg

もう1ヶ月以上前になるが、封切り直後の待ちに待った映画「鉄の女の涙」を見に行った。英国元首相サッチャー女史とは特別の思い出があるからだ。

彼女が首相を退任してから数年後の1996年、私の知人が日本でサッチャー女史の講演会を主催したので、聞きに行った。サッチャー女史が、「日本はアジアにおけるデモクラシーの要なのだ」と熱く語るその迫力は、聴衆2千人くらいの大会場の後ろのほうに座った私にまで届き、衝撃で鳥肌が立ったのを今でもよく覚えている。生まれて初めて本物の政治家を見たと思った。

翌年にも講演会が催され、私は、主催者の知人に、質疑応答のときの質問者の役割を頼まれた。大事なサッチャー女史の講演会で何か間違いがあってはいけないということで、予め決まっている人しか質問ができない流れになっていたのだ。私は何を質問したのか忘れてしまったが、彼女は確かにしっかりと答えてくれた。

さらに翌年の講演会。今度は、主催者の知人に司会進行役を頼まれた。上記の写真はそのときのものだ。会場の控え室で、彼女は、スピーチメモに目を通しながら準備をしていた。スピーチメモは彼女が自分で書いた手書きのものだった。すでに首相を退任しているとはいえ、「ちゃんと自分で用意するのか!」とひそかに驚いた。
サッチャー女史のお付きの人(ガードマンも兼ねているのか、えらいごっつい体格の男だった)に私は呼び出され、「サッチャー女史は、分刻みでスケジュールが詰まっているのです。時間通りに終わるようにきっちり仕切ってくれないと困りますからね」と釘を刺された。

いよいよ講演会本番。2千人の聴衆を前に緊張を覚えながらも、一応、無難に冒頭の紹介パートをこなし、彼女のスピーチが始まった。彼女が現役のときに出会った様々な政治家たちとの思い出を語るという比較的穏やかな内容だったように記憶している。そして質疑応答の時間となり、例によって、主催者が事前に仕込んでおいた質問者たちが順番に質問していった。確か、最後の質問者だったと思うが、デモクラシーに関係するような質問をした。とたんに彼女にスイッチが入った。デモクラシーに関する熱弁をふるい始め、その熱がどんどん高まるうちに終了時間を過ぎてしまった。私の脳裏に、あのごっついお付きの男の姿がちらつき、気が気ではなくなった。彼女がちょっと一息ついた瞬間を捉え、「お時間が過ぎているので、ここらへんで終わりにしましょう」と何とか口を挟んだ。すると、彼女は、「No!」と私を指差すと、「今、私は大事なデモクラシーの話をしているのです。止めるんじゃありません」と語気を荒げて言った。もちろん私はシュンと引っ込むしかなかった。
デモクラシーの話が一通り終わると、彼女は、「他にも質問したい人がいたら、どんどんしなさい」と会場に向かって言った。まさに想定外。即座に会場から10人くらいがマイクに駆け寄り、次々と質問していった。主催者の知人もお付きの男も、苦虫をつぶしたような顔になっていたのをよく覚えている。結局、どうやって講演会を終わらせたのかはよく覚えていない。

映画の中では、現役時代のサッチャー首相が、手際の悪い仕事をした補佐官(か官房長官か)を、閣僚全員の前でコケ下ろすシーンがある。その日の映画館において、わたし以上に、この補佐官に共感した人はいないと確信している。
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2012年04月15日

花咲き乱れる春 by Luke

花先乱れる春到来。

赤い花
春の花赤.JPG

黄色い花
春の花黄.JPG

白い花
春の花白.JPG

紫の花
春の花紫.JPG

まだ三寒四温の日々。気をつけて。 by Luke
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2012年04月01日

私が社長を辞めた訳

2012年4月1日をもって、PFCの代表取締役の役割を松村卓朗にバトンタッチした。

PFC(昔はPYインターナショナルという社名だった)を立ちあげることを思い立ったのは、ビジネススクール留学中の28歳のときだった。そこでの勉強があまりに面白かったのと、そのとき日本はバブルの絶頂期で、世界中が「日本に学べ」の機運だったので、世界の人が日本的経営を学べる場を作ろうと思ったのだ。

しかし、いくらビジネススクールで経営を学んだとはいえ、さすがにまだ自分で会社を運営できる気はしなかった。そこで、実践の場を求めて、外資系経営コンサルファームで数年間過ごすことにした。

そして31歳で、そのコンサルファームを辞めて、PFCを創業した。
ただ、経営コンサルファームで4年間経験を積んだとはいえ、まだ事業を興し、会社を運営できる気はしなかった。まったく何の勝算もなく、とりあえず、「10年はがんばってみる」「他人には迷惑をかけない」
の2つだけを心に決め、ゼロからのスタートをきった。(現取締役の阿部はゼロのときから一緒だ。)
たいした資本もなく、机や椅子は、道に捨てられていたのを拾ってきた。打ち合わせスペースがほしかったので、二人で近所の木材店でベニヤ板を買い、東急ハンズで釘を買ってお手製のパーティションを作った。

以来、今に至るまで18年間(あ、年がばれてしまった)、多少の紆余曲折を経て、会社は一歩一歩と進化を続け、多くの素晴らしい仲間が参画してくれて、起業当初の未熟な自分にはとても想像ができないような会社に育った。ファシリテーションと組織開発を軸に、人々が健全に力を合わせる組織を1つでも多く築くべく、 クライアントとひたすら誠実に正面から向き合い、自社利益よりもクライアントの成功を優先する。そして、企業は健全な地球社会があってこそ存在することを決して忘れず、PFCのビジネスの成長と社会貢献が連動する独特の仕組みを作った。また、わたしは社員らを管理することを滅多にせず、自主性に任せているが、どの社員も、誰に言われなくとも倒れそうになるまで頑張って働く。

こんな会社を永く存続させたいという思いが強まると共に3年くらい前から後継者計画を真剣に考えるようになった。創業者とはいえ、20年も30年も同じ人がトップをやるのでは、組織が硬直化するし、自分が50や60になってもこれまでのようにアイデアが沸いて出るかの自信はない。さらには、経営というこれ以上にない面白い仕事を後進にも是非経験させてあげたかった。

また、この3年間はリーマンショックやら震災やらがあり、PFCはそういった危機を乗り越える力があることも証明された。今のPFCなら、私は安心して見ていられる。
「機が熟したとはこういうことだ」という確信があり、松村に社長というバトンを託したのだった。松村は、黒田が取締役として会社に残ることを条件に、バトンを受けた。

そんなわけで、これからも取締役として、松村を支え、PFCを通してクライアントや世の中に貢献していきます。これまでPFCを応援・ご支援してくださいました皆様に心から感謝すると共に、今後も変わらぬ御愛顧をどうぞよろしくお願い申し上げます。
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2012年02月26日

ドッグドック by Luke

ルークです。現在、8歳半でございます。
大型犬でこの年は、人間で換算すると64歳くらいだそうです。

飼い主の都合でドッグホテルにしばらく泊まらなくてはならないかもしれず、
問い合わせてみたら、「シニア犬のお預かりには、健康診断書が必要です」と
言われ、ドッグドックを受けるはめとなりました。

結果は、オールクリア!!すべての値が正常値でした。
診断結果.JPG

飼い主も「健康には自信がある自分でも40過ぎてからは、黄色信号の項目が
ちらほら出るようになったのに、60代で何もないとは、すごい!」と感嘆しとりました。

秘訣は、飽くなき好奇心と、地球上の全ての人々を愛して止まない博愛精神、
そしていつでもどこでも楽しく遊ぶこと。

走る1.JPG

走る2.jpg

走る3.JPG

ドッグラン.JPG

今日、診断結果を病院に取りにいったとき、待合室で人間と遊んであげていたら
「まだ、お若いんですか?」と聞かれました。ま、いつものことですが。

んでは、いつものカフェでお茶して帰りましょ。皆さんも明るく楽しくネ。

お茶する.JPG
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2012年01月30日

HBS vs PFC ??

今日、母校のハーバードビジネススクール(HBS)から、いつもの卒業生向け季刊誌が届いた。そこには、次のようなことが書かれていた。

For the past 50 years, business schools have emphasized analytics, models, and statistics. These continue to be essential. Yet in the 21st century, MBAs need much more – to have a global mind-set, an understanding of the roles and responsibilities of business, and the limitations of model and markets. And they need leadership skills informed by self-awareness and self-reflection”

わたしが、PFCを立ち上げたころは、HBSを卒業して4年たったところで、とにかくHBSで学んだケーススタディが本当に面白かったので、それを真似して企業研修事業を始めた。当時は、日本でビジネススクールは慶應くらいしかなく、ケーススタディを使ったディスカッションという珍しさが手伝って、それなりに評価を受けていたと思う。

しかし、やがて「求められているリーダー像は?」ということを突き詰めて考えていくと、ケーススタディ・ディスカッションで雄弁に語るのが上手い評論家タイプではない気がしてきた。そして、徐々にハーバード方式から離れて、自分なりにリーダーシップ開発のあり方を模索するようになっていった。

ケーススタディもいいのだけれど、他社や他人についてどーのこーの言うばかりでなく、もっと内省・自省することも必要だと思った。教室の中で、頭のいい受講者同士で、あーだこーだ議論するのもいいのだけど、もっと外に出て、もっと多様な人々と触れ、世界のあり方と世界における自社や自分の使命を考えるべきだとも思った。

だんだん、HBSで教えていることはとても時代遅れのような気がしてきた。そして生まれたのがBOPを体験する「GIAリーダー・プログラム」や、(近くPFC新聞で紹介する予定の)日立グループ向けの「新興国グローバルリーダープログラム」だった。

で、今日、久々にHBSの季刊誌を読んでいたら、HBSも同じ方向に動いていることを知った。今のHBSの売りは、新興国に行って少人数でプロジェクトワークに取組むというFIELD Global Immersion Projectsというものだそうだ。冒頭に紹介した、英文の記述でも、HBSの目指しているものは、PFCのそれとほとんど変わらない。

やっぱりHBSを超えられないと考えるか、HBSがやっとPFCに追いついたかと考えるか。おめでたいわたしは、後者と考えることとしよう。
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2011年12月31日

行く年 来る年

あと数時間で2011年も終わり。例年のことながら、この時期は
なにか惜しい気持ちでいっぱいになる。

2011年の最大のニュースといえば、いうまでもなく東日本大震災。
しがらみの多い日本社会で、緊急支援や復興支援を行うことの
難しさを感じながらも、個人のみならず支援活動に関わる企業が
増えたことは感慨深かった。PFCとしては、2012年に、
企業活動による社会問題解決の流れをより一層作っていきたい。

残念だったこととしては、スティーブ・ジョブズの死去。
モノを持つことが嫌いな性分の自分にとって、アイフォン1つで
仕事も遊びも何でも済ませられるようになって、どれほど
ありがたかったか。たらればを語ってもしょうがないのだが、
それにしても、あと10年くらい生きたら、自分の生活をさらに
どれだけ変えてくれたことかと思ってしまう。

仕事で挑戦したことは、新興国(中国、インド、少しブラジル)における
プログラムの開発。新しいことへの取組みは、少し大変だけど、
とっても刺激的でワクワクして楽しい。世の中が変化し続ける限り、
新しいことに取組む機会はたくさんある。2012年にもきっと。

想定外で増えた仕事は、経営層に対するダイバーシティ教育。
それまでのダイバーシティが「女性のための女性による女性の活動」の域を
出なかったのに対し、今年は、「多様性をマネジメントする」ことの
本質的意義と経営的意味合いを本気で経営層が考えるようになってきた証と
考える。本当の意味でのダイバーシティマネジメントは2012年からが本番
といってもいいのかもしれない。

気になったことといえば、ブータン・ブームが起きる中、幸せの国ブータン
によって不幸せになった10万人の人がいることが、まったく報道されないこと。
ブータンという国は大好きだが、今の幸せは、ネパール系ブータン人を
弾圧・排除した上で構築されたものであるという事実がある。
ブータンは、まさに多様性を認めない国なのである。
20年に及ぶ難民キャンプ滞在を経て、ついに祖国に帰ることを諦めた難民らは、
第3国定住をし始めている。PFCでは、そのための職業訓練の資金援助を
ここ3年間、UNHCRを通じて行ってきた。彼らにとって2012年は、
まさに新しい人生のスタートだろう。
と同時に、日本政府が認める難民第3国定住の受け入れ枠は、たったの30人。
人口減に悩む国だというのに!日本とて、多様性を受け入れる懐はまだまだ浅い。

感動したことといえば、6月に病に倒れた社員が、12月の社員総会にフル参加した
こと。2012年は、また元気に活躍してくれるだろう。

驚いたことといえば、高橋大輔が全日本のショートでいきなり4回転・3回転を
飛んだこと。まあ、これはつい先日の出来事なので、記憶に新しいだけということ
かも。それにしても、不意をつかれるとはまさにこのこと。

2011年ルーク的事件としては、1月の脱走事件

で、ルークさん、来年の抱負は?

雪道を歩く.JPG
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2011年12月12日

寒い日は。。。by Luke

luke&me2.JPG

寒い日は、くっついて暖をとろう! by Luke

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2011年11月29日

インド紀行

GIA(スリランカ)プログラムのご縁で、
インドのサーンチーという村を訪れることとなった。
毎年11月最終日曜日に仏教の式典が毎年行われていて、
私はそれに招かれたのである。
ここに来るまで、サーンチーという村については何も知らなかったが、
古代インドの歴史の1ページを飾り、ユネスコ世界遺産も存在する
興味深い処であった。

にわか知識を披露すると、紀元前のインドでは、仏教が
主流だった時期があり、時の王様のアショカ王は
ブッダの遺骨を納めるためにストゥーパといわれる石塔群を
サーンチーに建てた。
そのうちの3つが今も残っている。(ただし、ブッダのお骨は
見つかっていない)

特に第1ストゥーパは最も大きく、そこに施された彫刻は
古代仏教美術の傑作といわれているそうだ。

このドーム状のものがストゥーパで、手前はその門(世界遺産) 
  ↓

ストゥーバ.bmp


アショカ王の子供たちは、仏教伝道のためにサーンチーから
スリランカに渡った。それで、スリランカでは仏教が主流となり
今に至っている。それ故、サーンチーの遺跡や遺骨は
スリランカの大菩提会によって管理されている。
一方、インドでは、イスラム教やヒンズー教による弾圧で
仏教は壊滅状態になり、仏教徒はヒンズー教に改宗させられるのだが、
カーストの最下層(Untouchables)に入れられたそうだ。
実際、式典にも数多くのヒンズー教徒風の人が訪れていたが、
最下層と思われる人々が少なからずいた。

さて、11月最終日曜日は、年に1度、ブッダの2人のお弟子さんの
遺骨が金庫から出されて、公開される日だ。
それを拝みに、10万人もの人がサーンチーを訪れる。
小さな村がごった返した状態になる。

私は仏教徒でも何でもないのだが、普通の人は入れない
寺院の地下の狭い部屋に大事にしまってあるブッダの
お弟子さんの遺骨を取り出す場面に立ち会うこととなり、
証人として台帳にサインまでしてしまった。
なんとも興味深い体験をさせてもらった。

式典のあとは、グルガオン市に移動し、「インドでプロジェクト
体験プログラム」の参加者の陣中見舞いをした。
PFCのクライアントのある大手日系企業の若手社員の方々で、
将来のグローバルリーダー候補である。
インド企業でプロジェクトを任され、慣れない環境と
慣れない仕事ではあるが、大奮闘していた。
「インドの企業は、スピード感がわが社と10倍は違う」とか
「ビジネスモデルを検討するにあたっては、
利益率30%で考えろといわれ、びっくりした」などといった
コメントが出ていた。
日本の常識の殻を打ち破り、ぜひ世界で羽ばたいてほしい。

最後に、大の動物好きなので、やはり動物で締めくくりたい。
サーンチーの牛は、みな、首飾りや耳飾りをしていて、とっても
おしゃれ
牛.bmp
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2011年10月30日

オリンパス・大王製紙とコーポレートガバナンス


最近のオリンパスと大王製紙のニュースは皆が仰天したと思う。
そして、「どうして誰も止められなかったのか?」と首をかしげていると思う。
そこで、今日はコーポレートガバナンスに関するつぶやきを。

コーポレートガバナンスとは、経営者の暴走を許さないための仕組みであり、
社内の人では自分のボスにもの申しにくいから、社外役員が有効だという
ことになっている。近年、東証は1人以上の独立役員を義務付けた。

2つの東証一部上場企業の社外役員を務めさせていただいている身として、
日ごろから、正直、日本の風土でコーポレートガバナンスがどれほどに
有効な仕組みかと疑問に感じていた。というのも、普通の日本企業は
物事がボトムアップで進む(そのデメリットも少なくないが)ので、
取締役会に挙がってくる案件は、その過程において、現場レベルや執行レベルの
種々の会議で、存分にもまれてきている。
そんな状況、経営者が暴走するというシーンは想像しがたい。
なので、コーポレートガバナンスとは、トップダウンが強いアメリカ企業で
必要な仕組みであり、日本企業がそれを取り入れる必要がどれほどあろうと
思ったりしていたのだ。

しかし、オリンパスやら大王製紙やらの信じがたい事件が相次ぐと、やはり
日本でも経営の監視役は必要であることを思い知らされる。

ところで、調べてみると、大王製紙には社外取締役はいないが、
オリンパスにはいるではないか!15名中3名が社外取締役だそうである。

やはり、少数では駄目なのだ。15分の3とか、1名だけとかでは、結局のところ
取締役会を左右するほどの影響力はもてない。
ちなみに、私が社外役員を務める2社では、どちらも社外が過半数。
一方、東京証券取引所に上場している2272社のうち、社外取締役がいない
企業は全体の49%、1人しかいない企業は26%に上るらしい。(出所:日経ビジネス)
まだまだだなあ〜。

また、いくら何人の社外の人を入れたところで、どうせ経営者が選んだ人なのだから、
仲良しグループにしかならないという声もよくきく。
ちなみに、私が社外役員を務める2社は、以前は私は経営陣の誰とも何の面識も
なかった。ちゃんとやっているところもあるのである。

そして、改めて、自分の立場の重さを感じた事件であった。
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2011年10月03日

中国人は金で動くは本当か

先週、北京に出張に行ったとき、人材紹介業で中国最大手の会社の経営陣の方と
話す機会があった。

「日本の会社は就職先としては中国人に人気ないですよね」と言ったら、
社交儀礼的に、「いや、人気ないわけではないですよ。ただ一番人気でも
ないですけどね」という返事が返ってきた。

次に「日本企業の人たちは、『中国人は、少しでも高い給与を提示されると
すぐ転職してしまう』と口をそろえて言います」と投げかけたら、
「それは違う」ときっぱり否定された。

「転職の一番の原因は、リーダーシップの問題。すなわち、上司や上層部の
リーダーシップに満足しているかどうかです。」という。そして、さらに、
「転職する人が給与のことを言うのは、波風立たない言い訳になるからです。
だって、上司を目の前にして『あなたのリーダーシップに不満なので、
転職します』とは言いがたいでしょう」と説明してくれた。

なるほど、面子を重んじる中国では、そういうことなのかもしれない。

しかし、少なくとも私が知る日本企業の人で、そんなことを言う人は誰もいない。
とにかく誰しもが「中国人は金で動くから」と言う。

また、欧米人と話していても、中国人の定着率の問題は話題としてあがるけど、
「中国人は金がすべて」という意見を欧米人から聞くこともない。

日本企業や日本人は、もう少し、世界を基準にして、自分たちのことを
振り返る必要があるのではないだろうか。
posted by ルークブログ at 19:10| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする