2014年01月13日

お犬様リゾート滞在記 by Luke

ルークです。
伊豆のお犬様リゾート施設に滞在してきました。


こちらがエントランス。

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離れのお部屋に泊まったので、ボク専用のお庭付きです。

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犬用の源泉かけ流し温泉風呂があります。他の犬が全然こないので、貸切状態でした。

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夜、飼い主たちが7皿も出てくるイタリアンのフルコースディナーを食べるのに、
付き合ってやりました。そしたら、最後に、こんな料理(?)が出てきました。

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こちらは、犬用のベッドです。
(ウソ。でも、人間用のベッドに犬が寝るのはOKということになっています。)

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翌朝、人間用の朝のエサが、お部屋まで運ばれてきました。
(昨晩は、7皿も食べたくせに、よう食べるわな、、、)

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隣接する森のドッグランで遊んでから、帰りました。

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いやあ、温泉が最高でしたワン。
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2014年01月04日

新雪の春 by Luke

今年の雪はどんなかな?
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うん、パウダースノーでいいかんじ
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それいけっ!2014年だ!!
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今年の新しいお友達、麦ちゃんだよ。6か月の女の子
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しかし、6か月と遊ぶのは10歳のおじさんには、ちときついわ。もう降参
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皆様、飼い主共々、今年もよろしくお願いしますのだ
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2013年10月29日

プロジェクト主義経営

先日、ファーストレテイリングの柳井社長のお話をきく機会があった。
「服で世界を変える」と公言してはばからない、オーセンティックなリーダーだ。
経営の神髄についてお話される場であったのだが、話の冒頭にシリア難民のことに触れられたのが印象的だった。私自身がシリア難民キャンプを訪問して間もないときだったので、何かの因果を感じた。

ファーストリテイリングの成長のためには、皆が起業家精神と経営者マインドを持つことが必要と力説されるなか、組織のあり方に話題がおよんだ。会社のトップがいくら、「起業家精神をもて」と呼びかけても、ほとんどの大企業では、仕事も人も官僚化しがちである。その打破のために、組織図を頻繁に変更してみたり、子会社をたくさん作ってみたり、と試行錯誤しているのだが、混乱は引き起こされど、起業家精神醸成には至らないのがヤマだろう。
組織のあり方について、柳井さんは、ファーストリテイリング経営理念23か条の最後の項目に答えがあるとおっしゃった。その23か条目には、「仕事をする為に組織があり、顧客の要望に応えるために社員、取引先が有る事を徹底理解した壁のないプロジェクト主義の経営」とある。この考え方に私は大いに共感する。

仕事をするための組織であり、組織のための仕事であってはならない、というのは皆、頭ではわかっていても、自部署の都合を優先する動きになってしまうことは大企業でよく見受けられる。自分を評価するのは、自部署の長であることは主たる原因の1つだろう。
自部署の都合が優先となると、他部署は自部署の仕事を邪魔する存在と映る。邪魔されないように部署との間に壁を築く。かくして「組織の壁」なるものはできていく。

それに対して、プロジェクト主義の経営では、課題のためのプロジェクトチームがあり、課題が解決したらプロジェクトチームも解散する。いつまでも解散しないプロジェクトがあれば、それは課題解決力が足りないと見なされる。このようにすれば、組織は硬直化することはない。

コンサルティングファームは元来、このように経営されている。1,2年同じプロジェクトに携わることもあるが、年に複数のプロジェクトを担当することももちろんある。その場合、プロジェクトの数ほどに上司がいることになる。年度末に、評価面談をする「上司」は、上司というより情報集約係りに近い。そのコンサルタントが関わったプロジェクトのリーダー達から評価の情報を集め、集約結果を伝達するからだ。もちろん各プロジェクト終了時にコンサルタントは、都度、プロジェクトリーダーからフィードバックを受けているので、年度末に評価を聞いて驚くことにはならない。また、その「上司」は、コンサルタントの長期的なキャリアについての相談にものってくれる。
このやり方においては、能力が不十分なコンサルタントには、プロジェクトリーダー達からお声があまりかからない。つまり、社内に市場原理が働き、ハイパフォーマーが誰か、ローパフォーマーが誰かは一目瞭然となり、新陳代謝も促進しやすい。

事業会社でも工夫をすれば、こういった仕事の仕方を部分的にでも取り入れられるように思う。それにより、明確に課題を設定する力、早期にチームを立ち上げる力、多様な人材をまとめる力、成果が出るまできっちりとやりきる力(要はプロジェクトマネジメント力だが)が磨かれるはずだ。
こうした組織の進化と共に、PFCの支援領域が進化していくのが楽しみだ。
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2013年09月15日

在ヨルダン・シリア難民 見聞録 

2013年9月、国連UNHCR協会の使節団の一人として、ヨルダンにいるシリア難民の様子を視察に行った。たった3日間だけだけど、国連のUNHCRの方にフルアテンドしてもらったおかげで、中身の濃い3日間となった。
今世紀最大の危機ともいわれるシリアの内戦について、日本では化学兵器のニュースのとき以外は大して報道もされないが、ヨルダン内のシリア難民キャンプには、連日マスコミや政府高官が大挙して視察に訪れている。(岸田外務大臣も7月に訪問。)そんな超忙しい中でも、UNHCRが我々のミッションに3日間も付き合ってくれたのは、それだけ日本での民間募金への期待が大きいことへの現れだろう。とにかく、難民を支援するための資金が足りていないのだ。

国連UNHCR協会は民間寄付を集める役割を担っている。そこで、現地での悲惨な状況を見て伝えることで、寄付を訴えなければいけないのだが、よくテレビで見られるような「飢えて死にそうな子供たちがたくさんいる」という単純な構図ではないところに、アピールの仕方の難しさがある。むしろ、現地にあったのは、国際政治に翻弄され続けた奥深く根深い中東問題の姿だった。

まず驚くのは、ヨルダンに逃げ込んだシリア難民の数の多さだ。正式に難民登録をしている人は50万人だが、していない人も少なくなく、正確な数字は誰も掴めていない。非公式な難民も含めると70万人くらいかと言われてはいるが、タクシーの運転手は130万人と言っていた。70万にせよ130万にせよ、ヨルダンの人口は500万人なので、日本人には想像できないような比率だ。
しかし、中東では国家や国境の概念がだいぶ違う。いや、もしかすると海に囲まれガラパゴス化している日本の考え方のほうが世界の中では特異なのかもしれない。ヨルダンとシリアは民族と宗教が同じで、さらには、国境をはさんでヨルダン北部とシリア南部では、両方に親族がいるのがごく普通だという。そして、そもそも、大多数のヨルダン国民は元パレスチナ難民である。加えて、イラク難民も多数いる。タクシーの運転手に、「シリア難民のことどう思う?」と聞いてみたら、「俺たちはブラザーだ。助けるしかないじゃないか。ヨルダンでは、外国人だからといって差別したりしない。シリア人もヨルダン人も同じような権利を得られるのだ。」と返ってきた。

<アーバン難民>

70万だか130万だかの難民のうち、難民キャンプにいるのは12万人。それ以外の人たちは、都市部に逃げ込む。彼らのことを「アーバン難民」と呼ぶのだそうだ。となると町中にホームレスがうようよいるのかと思いきや、そうではない。親戚や知人のところに身を寄せていたり、ヨルダンで職を得て、なんとか自活したりしている。

あるアーバン難民のお宅を訪ねた。母親と6人の子供たちでアパートに暮らしている。父親はシリアを離れることを拒み、口論の末、父親を置いて逃げることにしたという。かき集めて持参した有り金はすぐ底をついたが、UNHCRやNGOの支援、そして20歳の長男のアルバイトなどで、何とか食いつないでいる。子供たちはヨルダンの学校に通っているが、通学の交通費が払えないので、遠いのに歩いて通わせている。4歳の3男坊は、シリアの自宅近くの道端にころがる何体もの死体を目にして以来、性格が攻撃的に変わってしまったのだと、母親は嘆いた。長男は、親友が殺されてしまったと言い、死に顔のアップの写真を私たちに突き付けてきた。私は、「そんなもの見せないで!」と心の中で叫んだが、これに目を背けては何しにきたのかわからないと自分に言い聞かせ、その苦しみに満ちた顔と向き合った。
難民キャンプに行けば、食べ物は毎日配給されるし、家賃を払わなくてもいいし、キャンプ内に学校もある。「キャンプに行こうとは思わない?」という私たちの質問に対して、母親と長男は、「冗談じゃない!」と一笑に付した。「あんなところ住めるか」というわけだ。

<ザアタリ難民キャンプ>

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翌日、その「あんなところ」を訪れた。12万人の難民を有するザアタリ難民キャンプ。12万人という規模は、ヨルダン国内では5番目の都市に匹敵する。キャンプの統括責任者であるUNHCRのキリアンは、自分のことを「市長」と称した。
去年から今年の2月くらいまでは、毎日何千人もの難民が押し寄せ、それはもう大混乱状態だったそうだ。現在は、人道支援の国際水準を満たすだけの、衣食住が難民に行き渡っていて、キャンプ内にいる限りは生命を維持することはできる。5月に入って、レバノンのヒズボラがアサド政権を味方して、アサド政権が優勢になってきて以来、難民キャンプ生活が長引くことを想定し、少しでも人間らしい生活ができるよう、様々な取組がなされている。
というのも、アフリカの難民の場合、難民化する前から原始的な生活をしていたりするので、さほどギャップはないのだが、シリア人にとっては水道や電気がないキャンプでの生活は辛い。私には、シリア難民の姿は、東北の震災被災者の姿と重なって見えた。

人間らしい生活に向けて、テントに代えて仮説住宅を設置し始めている。中には、仮説住宅を少しでも自分の家らしくしようと、花壇を備え付けている難民もいるという。ただし、仮説住宅といっても、屋根と壁と床があるだけで、水まわりは共有施設を使わなければならない。トイレは100人に1つの割合でしかなく、しょっちゅう詰まって壊れてしまうという。アーバン難民が「あんなところ住めない」と思うわけだ。
また、キャンプを12の行政区を設け、自治体を組織化するように仕向けている。シリアで常に抑圧されてきた彼らが、いつの日か母国に戻ったとき、自治によるガバナンスのもと復興に取り組むことの練習も兼ねているのだ。

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キャンプの中では、私たちに寄ってくる子供たちがいる。キリアンからは、「子供たちは、とにかく自分への関心を求めている」と聞いていたので、そんなときは、「写真を撮ろうよ!」と、引き寄せた。一方で、悲しみに打ちひしがれている人や怒りを秘めている人たちには、カメラを向けられない。その日に難民キャンプに着いたばかりのある男性は、日本へのメッセージを求められて、こう吐き捨てた。「メッセージなんてないよ。国際社会は、ただ議論をするばかりで、アサド政権に対して誰も動こうとしない。国際社会にはもう絶望している。」
今回、私が目にすることはなかったが、キャンプ内でデモや投石などの行為は頻繁にあるそうだ。キャンプで支援活動を続けるNGOのJEN(*1)の日本人職員も、石を投げられたことは何度もあるという。怒りをぶつける矛先がなく、国連やNGOに向かってしまっているのだ。「つい先日は、約300人の女性が集まって、キャンプ内の学校に石を投げていた」という信じがたい話をJENの職員が教えてくれた。常に高い緊張状態にある不安定な中東情勢の縮図が、ここキャンプ内にもあるのだ。

その他に驚いたこととしては、「レバ・シリ」の商人魂もここにあるということだ!「レバ・シリ」とは商才有するレバノンとシリアの貿易商たちの通称であり、私がその昔、ソニーに勤めていたころ、「レバ・シリ」の活躍でずいぶんと中東でソニー製品が売れたものだった。しかし、「レバ・シリ」には密輸に関わる人も多いというダークサイドがある。ソニー製品の密輸なら、税金逃れ程度の話だが、武器や麻薬、そして女性までをも売買する人もいるという。難民となった商人たちは、キャンプ内に店を立て始め、今ではなんと3000店が立ち並ぶ。ヨルダン人とのジョイントベンチャーもあるとかで、新鮮な野菜や、ローストチキン、洋服、アクセサリーなど、とにかく何でも買える。

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商人の中でも悪徳商人らは、支援物資をキャンプ外に「密買」して稼いているらしい。「人々の善意を踏みにじり、けしからん!!」と立腹したくはなるものの、一方で、下記のような配給食料を1年間毎日食べ続けなければいけない身にもなると、どうして非難できよう。以前、私はハイチの支援現場を訪れたが、援助に頼りっきりで何もしないハイチ国民を見て、たまらなく閉塞感を感じた。それに比べると、ここのキャンプに立ち並ぶ商店街には、眉をひそめつつも、そのたくましさに感嘆せずにはいられなかった。

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さて、商売の話になったところで、私の関心事である「企業はどう貢献できるか」について触れたい。日本企業で、難民支援の最大の功労社はユニクロだ。12万人もの難民のために、冬物衣料を提供してくれている。そのほかに私の知る限りでは、目立った企業の貢献は見られない。電気が足りなくて困っているそうだが、灼熱地獄の太陽にさらされているのだから、どこかの企業が太陽光発電をやってくれればよさそうなものなのにと思う。
また、JENは、キャンプ内の水衛生事業を統括しているのだが、汚水処理問題は深刻だ。小池百合子議員がキャンプを視察に訪れたとき、JENの職員がその話をしたところ、浄化槽の提供を検討することになったのだが、結局、日本の浄化槽は技術が高すぎて無理だということになったとか。安価で使いやすい低技術の浄化槽を開発すれば、難民キャンプのみならず、世界各国の新興国で恰好のBOPビジネスになりそうなのになあ。

最後に、今回の訪問で一番予想外だったこと。化学兵器使用とアメリカの爆撃予告で、さらなる大量の難民がヨルダンに雪崩れ込んでいるのかと思いきや、そうでなかった。UNHCRは、第2の巨大キャンプを建設して用意万端でいるというのに。
その理由は公式には明らかになっていないが、関係者が皆、口にするのは、ヨルダン政府が国境を封鎖しているのではないかということだ。寛大にもシリア難民を受け入れてきたヨルダンだが、いくらブラザーとはいえ、職の取り合いになるは、家賃は2倍に高騰するはで、ヨルダン側の辛抱も限界にきているという。
この噂が本当であるなら、私たちが目にすることのできないシリア内の国内避難民が大幅に増えているということだ。国境で追い返され、逃げたくても逃げられない人たちがが、どんな目にあっているのか。私ですら胸騒ぐのだから、母国にいる仲間を心配する在ヨルダンのシリア難民たちの心中は察するに余る。
私たちができることとしては、ヨルダンがまた国境を開ける気になれるよう、ヨルダンを助けることだ。つまり、ヨルダンに難民受け入れの負担を課すままにするのではなく、受け入れの恩恵を得られるようにしなくてはいけない。すでに、各国政府も国連もNGOも、在ヨルダンのシリア難民支援の恩恵がヨルダン国民にも及ぶように、様々な支援を行っている。たとえばJENは、約300校の学校のトイレ補修をしているが、学校のトイレはシリア難民が来たから壊れたということではなく、元々が荒れていたそうだ。そこでシリア難民支援の名目でこうした活動をすることで、ヨルダン人の子供たちにも喜んでもらえるようにしているのだ。

シリアのような中東問題を日本にてテレビなどで見ている限りは、自分たちにはどうすることもできないと思いがちだ。それでも、一人でも多くの人が、シリア問題に少しでいいから目を向け、少しでいいから募金すれば、ちりが積もり山となる。その山は、シリア難民の苦しみを少し緩和できるだけでなく、ヨルダンをはじめとするシリア隣国の安定、中東の安定に寄与することができ、悲劇の拡散を防ぐことができる。それを実感した3日間だった。

(募金はこちらへ)
https://www.japanforunhcr.org/syria/

*1 JENについては http://www.jen-npo.org/

最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。
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2013年09月01日

ルークの夏休み日記2013

ルークです。お久しぶりです。

いやあ今年の夏の暑さは、はんぱないっすね。

お散歩に行くのは日が暮れてから。公園の草はぼうぼうに生えて、埋まってしまいそうだ。
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こんなときは、お山に逃げるに限る。
今年の夏は、お山のおうちの近所にやってきた、ナナちゃんとお友達になったしね。
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古くから、おつきあいさせていただいてるルーさんもあいかわらずお元気で。
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こちらは、笑顔が素敵なChelsea's Gardenのチェルシーちゃん。
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あ、ボクの姿を見つけて、笑顔が大きくなったよ。
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お山に行くときは、いつも3兄弟一緒。
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ルーク、10歳が目前です!!
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2013年07月28日

蓮池さんから学ぶ「夢」なるもの

先日、フルブライト奨学生同窓会の会合で、
拉致被害者の蓮池薫さんの講演を聞く機会があった。

柏崎で拉致されたときのこと、北朝鮮に連れていかれてからのこと、
自分の頭の中に映像が浮かんでくるくらい、臨場感あふれるお話を
していただいた。

講演のタイトルは、「夢と絆」だった。
拉致で失った最大のものは夢と絆だったという。
そして今、夢と絆を持てることの幸せをかみしめているという。

また、蓮池さんは、「夢を失うとは、やりたいことがやれないということ」
だと言った。

蓮池さんは、拉致されたあと、その理由も聞かされず、朝鮮語と洗脳の教育を
受けさせられた。当初は、「日本に返してくれ」とあの手この手で訴えたそうである。
しかし、あるときに、いくら誰にお願いしたところで願いを聞いてもらえるような国
ではないことを悟り、深い絶望感に襲われた。
その後、「一体何のために自分を拉致したのか、自分はこれからどうなるのか」
を知るために、当面、朝鮮語を懸命に学ぼうと自分に言い聞かせた。

それを聞いて、私は以前、本で読んだ「ストックデールの逆説」を思い出した。
それは、次のような逸話である。

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ストックデール将軍は、ベトナム戦争時、「ハノイ・ヒルトン」と呼ばれた捕虜収容所で8年間の捕虜生活をおくった、20回以上の拷問、いつ釈放されるかわからない状況を綴ったその体験記は、やりきれなくなるほど暗い話の連続である。いつ終わるともしれない苦難の中で、実質的に捕虜の責任者の地位を引き受け、できるだけ多数の捕虜が生き残れる状況を作り出すとともに、収容所側と戦い、捕虜を宣伝に使おうとする敵の意図を挫くために全力を尽くした。ストックデールはどのようにして苦境に対処したのか。

「わたしは結末について確信を失うことはなかった。ここから出られるだけでなく、最後にはかならず勝利を収めて、この経験を人生の決定的な出来事にし、あれほど貴重な体験はなかったと言えるようにすると」

一方で、他の捕虜たちについて耐えられないものたちがいたと言う。

「耐えられなかったのは楽観主義者たち。クリスマスまでに出られると考える人たちだ。クリスマスが近づき、終わる。そうすると、復活祭までには出られると考える。そして復活祭が近づき、終わる。
つぎは感謝祭、そしてつぎはまたクリスマス。失望が重なって死んでいく。」

出所:「ビジョナリー・カンパニー 2 - 飛躍の法則」(ジム・コリンズ)

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ジム・コリンズは、「最後にはかならず勝つという確信、これを失ってはいけない。
だがこの確信と、それがどんなものであれ、自分がおかれている現実のなかで
もっとも厳しい事実を直視する規律とを混同してはいけない」という教訓で
まとめている。


「夢をもつ」というと、ストックデールのいう楽観主義者がしていたことのような
イメージがある。現実から逃避し、自分は努力することなく、他力本願のような
イメージだ。しかし、蓮池さんは、夢とは「やりたいことをやること」といった。
「やる」という能動的な意志がそこにはある。
そして、それを「やる」ためには、直視しなければいけない現実がある。

組織においても、ビジョンづくりなどをするときに、「ビジョンは夢でいいのだから」
といって、現実逃避で、ただただ願望が先行しているようなビジョンが
描かれているのを、時々、目にする。
そんなビジョンに基づいて作られた中期計画は、1年目、2年目と進むと共に
現実との乖離が大きくなり、組織の中に失望感や無力感が蔓延していく。


一方で、講演の最後に蓮池さんが語ったことが、もっとも突き刺さった。
「私たちが日本に帰ったということは、残されている拉致被害者の耳に
入っていることは間違いない。『次は自分?』と期待したに違いない。
その期待が裏切られ続けて、11年がたつ。これは、腹をくくって
北朝鮮で生きていこうとしているときより、よっぽど辛い。」

そのとき、私の中で、ストックデールが楽観主義者について語ったことが
再び思い出され、胸中が掻き乱された。
ストックデールは楽観主義者だと批判したものの、このケースの場合
実際に帰国した人がいるのだから、「次は自分が帰れるのでは」
と思うことを誰が非難できよう。
どうか、帰国できるその日まで、ストックデールの逆説が教えるように、
いつか帰れることを確信しながらも、現実を直視しながら、がんばって
生き続けてほしい。
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2013年05月25日

日本人度

このところ、企業も大学も、猫も杓子も、
グローバル人材、グローバル人材と叫んでいる
(わが社もそう叫んでいる)が、そんな折、
「日本人度」という言葉に出くわした。

今日、国立能楽堂で能を見にいったのだが、、
予備知識を入れようと検索していたときに、日本人度が出てきた。

自分は、人生で最も多感な時期に海外で育ったせいか、
音楽にしても舞台にしても、基本、洋モノ好みである。
四字熟語とかも苦手だし、日本人度は低いほうだと思う。

しかし、今日は、最古の日本芸能文化に触れ、少し
「日本人度」が呼び起されたかんじがする。

能という芸能は、世界の中でも本当に独特だ。
能楽堂の門をくぐった瞬間から感じるスピリチャルな空気。
舞台セットや道具が使われず、謡には抑揚がなく、役者には表情がない。
余計なものをそぎ落とした中で、演者の研ぎ澄まされた気迫のみで
勝負している。

これでもか、というまでに華美さや主張を押し出すオペラとは
対極にあるかんじだ。

今、遅ればせながら、スティーブ・ジョブズの本を読んでいるが、
彼は簡素さを追求する日本文化に大きく影響を受けたという。
そして、ゴールデンウィーク中に、私が音楽の神様とあがめる
フレディ・マーキュリーの伝記を読んだのだが、
フレディ様もまた日本文化を好んでいたという。
つまり歴史に名を残す天才・偉才たちは、日本文化から
インスピレーションを得ているということだ。

グローバル人材育成では、「自己主張せよ、無表情は禁物」などと
教えたりするものだが、一方で、世界に誇れる日本文化とその精神を
見失ってはいけないね。

ちなみに、私が能の舞台を見にいったのは、大学時代の友人が
シテとして舞ったからなのだが、その友人は、日ごろは
某有名アメリカ系証券会社のバリバリの金融マンである。
このアンビバレンスを持ち合わす彼なんかは、ひとつ、日本人が
目指すべき人材像なのかもしれない。
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2013年04月28日

ピースフルスクールに学ぶ傍観者の罪

日本の教育界の改革に取り組んでいる知人で、
クマヒラ財団の熊平さんが、ピースフルスクールという
オランダのメソッドを日本に紹介している。
世界の中で、子供が最も幸せなのがオランダということで、
その秘訣を探っている中で、見つけたのだそうだ。

4月のある日、日本にて、ピースフルスクールの実践者と開発者を
オランダから招いてシンポジウムが開かれた。

はしょって言ってしまうと、そのメソッドはPFCが
ビジネスピープルに教えているようなコンフリクトマネジメント、
あるいはウィンウィン交渉の考え方と同じである。
驚くのは、それを子供に教え、仲裁者としての認定を受けた子供が、
校内の子供同士の喧嘩を解決するという仕組みだ。

日本でも学校でのいじめがよく問題になるが、いじめ問題は
恐らく東西古今に存在するのではないかと思う。
そして、オランダでも、大人が下手にこども同士のいざこざに
介入したことで、いじめが悪化したりしたことを反省し、
子供自身がいじめに対処する方法を身につけさせるべく
このメソッドは生まれたのだそうだ。

このメソッドの根底にあるのは、シチズンシップという思想。
先生が権威で教室を支配するのではなく、子供たちの自主性を
重んじ、共感力を養うことで、コミュニティを形成していくという
考え方だ。
シンポジウムでも、「方法論やスキルに偏重するとうまくいかない。
一番大切なのは、関係者がシチズンシップにコミットすること」と
繰り返し強調していた。

でも陰湿ないじめを受けている子は、そう容易く仲裁者に
頼れないのではないかと疑問が生じる。
質疑応答の時、それについてフェルフーフ先生は次のように語った。

「ある生徒から『いじめられている』と打ち明けられたとします。
そうしたら、私は『誰にも言わないから、いじめている子の名前と、
数名のいじめていない子の名前を教えてちょうだい』と言います。
そして、私は、その両方の子供たちを集め、円陣で座らせ、
次のように言います。
『このクラスで、誰かが、いじめられていて苦しんでいるの。
私たちの学校は、シチズンシップに基づいたピースフルな学校に
したいわよね。だから、もしあなたたちの周りでいじめで
苦しんでいそうな子がいたら、声をかけてあげてほしいの』。
私の経験では、これでいじめの9割は解消しました。
いじめの問題は、いじめる子だけが原因ではありません。
傍観者も等しく問題なのです。」

100名を超すシンポジウムの参加者の多くは教育関係者の
ようだったが、彼女の熱弁に皆が圧倒されていたように感じた。

さらに彼女は付け加えた。
「日本には数日間いるだけだけど、どうも日本は傍観者が多いわね。」

突き刺さるほどに耳に痛い言葉だった。

ピースフルスクールは、学校運営の手法かと思って参加した
シンポジウムだったが、企業文化の作り方、そして
社会の在り方について大いに考えさせるものだった。
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2013年03月31日

「フォロワーシップ研修を受けたい」と言った職場

先日、組織活性化のための課題抽出と対策提案の話し合いを各職場で行ったA社。
話し合いを行ったのは一般社員。そこで出てきた提案の多くは、
「管理職がマネジメント能力向上を図るためのトレーニングを受ける」だった。
つまり、「我々の上司たちを何とかしてくれ」ということだ。
さもありなんである。

一方、ときを同じくして、たまたま同様の取組みを行ったB社では
一般社員から「一般社員向けフォロワーシップ研修を企画する」という提案がなされた。
「自分たちのフォロワーシップを強化して、管理職をもっと上手くサポート
できるようになりたい」というのだ。

B社では一般社員が他責ではなく、「自分に何ができるか」を考えている。
こういう声が上がる組織は、きわめて健全だ。
健全な組織では、こうした人々の努力が良き影響を周囲に与え、
好循環が起きやすい。きっと活性化も成功するだろう。
一方、不健全な組織では、何かしらの施策を打っても、すべて裏目に出てしまう。
組織の活性化では、施策の良し悪しよりも、一人ひとりが自分といかに向き合うかに
かかっているといえよう。

ところで、PFCでは、4年ほど前にフォロワーシップ研修をラインアップに加えたが、
フォロワーシップ研修という名前は誤解を招きやすい。
「『上司のいうことを聞け』という研修か?!」と反発する受講者が出るのだ。

しかし、フォロワーシップの研究者であるロバート・ケリーも言うように、
上司の言いなりになるフォロワーは決してよきフォロワーではない。

模範的フォロワーは、「独自の考えに基づいて、組織の目標達成に向けて
積極的に関与する」のであり、上司の考えに盲目的に従うのではなく、
自分の頭でしっかり咀嚼し、独自の考えと一致するかどうかの検証を行う。
模範的フォロワーの思考や行動は、限りなくリーダーのそれに近いといえよう。

一般社員の多くがフォロワーシップを身につけたB社では、
やがて多くのリーダー予備軍が生まれるだろう。
PFCとしても、今まで以上にフォロワーシップの正しい概念を広めなければならない。
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2013年01月13日

HBS学長との朝食会:日本で起業家が少ないわけ

先日、母校ハーバードビジネススクールの学長が来日の折に催された朝食会に参加した。
15名程度の朝食会は、HBS卒業生の中でも起業家を対象に企画されたものだった。

そこで、学長(Niten Nohria)が投げかけた2つの問いは:

・なぜ日本人は大企業にしがみつこうとするのか

・なぜ日本人は英語を学ぼうとしないのか

アメリカでは、卒業生の多くは独立するかベンチャー企業に入るかを志向していて、
大企業の採用担当者が「良い学生が採れない」とぼやいているほどだという。
Nitenは「日本では敗者復活が許されないカルチャーがあって、なかなかリスクが
取れないということなのだろうか?」と聞いてきた。

それに対し、自分を含め、その場にいた多くの人が、「そういうことではないと思う」
と否定した。
日本でも、1度か2度失敗して、その後成功した人はけっこういる、
安部首相だってカムバックしたし、と。
むしろ、人材の流動性の低いことが、ベンチャー企業に人が集まらない原因ではないかとか
失敗のことより、むしろ成功した人へのねたみが大きいのが問題だとかいった意見も出た。

実際、失敗したところで、失業保険、生活保護手当て、国民皆保険など、
セーフティネットはアメリカより日本のほうがはるかに充実している。

それでも日本人が大企業を好むのは、ホフステッドの異文化理論がいうところの、
不確実性回避志向が世界一強いからではないか。
ちなみに、自分自身は不確実性が大好きだ。

自分は大学生のとき、経済学部だったので、銀行からの勧誘が多くあった。
リクルーターが「30歳くらいまでは支店で営業事務、40歳くらいまでは支店で
融資の仕事か、本店でコーポレートファイナンス系の仕事、45歳くらいに支店長か部長に
なれる」と誇らしげに語るのだが、それを聞いたとたん私はむしろ幻滅した。
先が見えている人生なんて、つまらなすぎると思ったものだ。

起業しようと思ったのは、HBSにいるときだが、必ずしも成功だけを夢みたわけでない。
「アントレプルナーシップ」の授業では、失敗のケース(事例)もたくさん学んだ。
あるとき、失敗事例の主人公本人が教室に登場したことがあった。
白髪で、よれよれのジャケットを着て、「失敗してから、家族も友人も自分のもとから
去っていった」と、覇気なく語ったその姿は、今でも目に焼きついている。
しかし、それが、独立を踏みとどまろうと思わせることにはならなかった。
むしろ、はらはらどきどき少しわくわくしながら、お化け屋敷に入るような感覚をもった。

今や、大企業に勤めたところで、確実性が担保されるとも限らない時代だが、
まあ、ベンチャー企業にいるよりは、確実性といった点では、まだましだろう。
不確実性を好む好まないは、人の価値観の問題だから、それぞれが選択すればいい。
ただ、日本では、産業の新陳代謝がなかなか進まないことは問題だ。
なので、誰しもが起業家を目指さなくてもいいが、もう少し起業家を後押しする機運があっても
いいのではないか。

たとえば日本の有名大学の学長が、Nitenのように、限られた時間の中で、起業家たちに
会う時間を優先して作るだろうか?疑わしいよねと、思った朝食会だった。
posted by ルークブログ at 16:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする