2015年01月27日

石巻の現状から考える被災地支援と組織開発

1月23日、震災から4年近くが経つ石巻市を訪れた。

瓦礫はすでに完全撤去されているが、草ぼうぼうの野原がひろがる景色が、 もの哀しい。
(↓は、元は住宅地だった場所)
野原


しかし、その横では、壊滅的被害を受けたはずの日本製紙の工場が、
元気よく煙突から煙を吐き出している。
大企業のレジリエンスと、地域コミュニティのはかなさとが、あまりに対比的だ。

ちょうど今は一年で最も寒い季節。
陽射しは穏やかだったが、風が吹くたびに、身が縮こまる寒さだった。
そんな中で見た仮設住宅。
なんと、3分の2くらいの人が未だに狭い仮設住宅での生活を余儀なくされているという。
こんな寒さにプレハブ小屋とは!
それも、ひと冬の我慢だったはずが、「あと1年」「あと1年」と言われ続け
4年もたつなんて、どれほどにやるせないだろう。
テレビでよく見る仮設住宅だが、この寒さの中で実物を見ると衝撃がはしる。

もちろん、建設中や出来立ての真新しい復興住宅もいくつか見かけた。
ただし仮設住宅がなくなるには少なくともあと2年はかかるようだ。
ずいぶんとゆっくりではあるが、一応、こうしたインフラは徐々に
回復していくのが目に見えてわかる。

しかし、ハードウェアが整ったら、もうそれでいいということではない。
目には見えにくいソフトウェアの部分は時間と共に回復するとは限らない。
むしろ悪化することだってある。
阪神淡路震災では、子供たちのPSTDの症状は、3-5年でピークに達したというし、
東北でも同様の事例が明らかになりつつある。

たとえば、1年前に河北新報社が宮城県の各校長に実施したアンケートでは、
被災した宮城県沿岸部の小中学校の約7割が、自校の児童・生徒に震災の影響とみられる
問題が現在もあると受け止めていることが判明した。
8割以上の校長が「事態は深刻」と危機意識を持ち、その多くが、問題が時間と共に
解決するのではなく、長期化することを懸念しているそうだ。
さらに、そうした子供たちを指導する学校の先生たちも被災者であり、
心の問題を抱えている人が少なくないと、記事の中で専門家が指摘していた。
(出所:http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201401/20140101_15005.html

行政は、インフラの整備はできても、コミュニティづくりや生活再建、
心のケアといったソフトウェアの部分までにはとても手が回らないそうだ。
そこで民間の継続的支援は必要だが、そのやり方は簡単ではない。
震災直後のような、大勢のボランティアによる衣服の配布やら掃除の手伝いやら
といった単純な構図ではないからだ。
さらには、支援しすぎることで、被災者の自立を阻害してもならない。
復興に向けた住民主体の活動を、そっと後押しをするという微妙な支援が求められる。
自立支援を信条とするJENの真価が問われるときだ。

この状況は組織開発の仕事とよく似ている。
企業でも、設備だ、商品だ、制度だといった目に見えるものに予算はつきやすい。
が、社員の意識ややる気、階層間や部署間のコミュニケーションやコラボレーションなど
といった目に見えない無形の企業資産を疎かにしては、やがて問題が深刻化・長期化し、
必ず業績にも悪影響をおよぼしていく。
そうならないよう、社員が主体となって無形資産を構築する取組みを
組織開発コンサルタントは、そっと後押しをする。
うまくいったら、それはコンサルタントの手柄ではなく、クライアントの社員の手柄として認める。
最後には、自分がクライアントに必要とされなくなることを喜びと感じて終わる。
企業相手にやっていると、ちょっと因果な商売かなと思うときがなくないが、
石巻往訪が改めて組織開発の意義を思い出させてくれた。

<番外>
牡鹿半島の佐須浜にある浜友食堂でいただいた特別メニューの豪華ランチ
(コミュニティ強化と地元住民の収入創出のために、JENが設置と運営をサポートした)
もちろんすべて地元産
lunch

浜食堂の看板犬のコロちゃん。暖房の前でぬくぬくする姿。
dog
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2015年01月04日

イタリアのカフェで

10年ぶりの犬がいない大型連休の年末年始、超久しぶりに海外観光旅行に
行くことにした。

本当は私はアフリカに行きたかったのだが、エボラ熱が怖いと夫が反対して、
行き先はイタリアのベネチアとフィレンツェに落ち着いた。

数々の歴史的建造物や世界有数の美術作品、そして優雅なベネチアの街並みなど
に感動したのはもちろんのことだが、カフェおたくとして、見逃せなかったのか
カフェ文化。

イタリアにはスターバックスがないとは聞いていたが、本当にない。
いやー、スタバが視界に入らない都市の風景って久しぶり見た気がする。
とても新鮮。

アメリカだったら、100mごとにスタバがあるし、日本だったら、
スタバ、ドトール、プロントのいずれかがどこにでもある。
そして、イリーなどのイタリアンブランドのカフェすらあるが、
イタリアでは、スタバのみならず、国内外のブランド関わらずチェーン店が一切ない。
あるのは個人商店の個性的で粋な店。カフェおたくにはたまらない!

観光地としては、イタリアのほうが絶対好ましいだろうが、資本主義論的にいえば、
資本が集約されておらず、資本主義経済が十分に発達し損ねたということになろう。
そして、現在のイタリアは経済破綻の危機にさらされていて、
実際、イタリア人の知人も仕事が見つからないと嘆いている。
資本主義と文化の両立というのは厄介な問題だと改めて実感。

ところで、カフェ(というか正確にはバール)でエスプレッソを立ち飲みしながら
おしゃべりするのが、イタリア人スタイル。
一方、観光客としては、歩き疲れて一休みしようとカフェに入るわけで、
立ち飲みはありえない。そこで席に座って、エスプレッソやカプチーノをいただくのだが、
アジア系観光客は席についた途端にスマホだ。
自分もスマホをちょっとは見たが、、、でも、他の人たちは、席についている間ずーっと
無言でスマホを見ている。かなり異様だ。
せっかく来たのだから、少しは観光の感想を述べ合うとかしてはどうかなあ。
こういう感性の民族だから、日本や中国にはスタバが溢れてしまうってこともあるのかな。

下の写真はフィレンツェのカフェでほおばった「ピアディーナ」
イタリア北部の無醗酵の平焼きのパンで、ピザよりも歴史が古く、
12〜13世紀頃からある郷土料理だって。ルッコラがたくさん!
ピザ.JPG
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2014年11月03日

エチオピア?

約1か月前の話になるが、エチオピア人の妻を持ちアメリカに住むイギリス人の友人が
来日中に、エチオピア大使公邸でのパーティに誘ってくれた。

エチオピアといったら、日本人になじみがあるのはコーヒーとマラソンくらいかと
思うが、パーティの趣旨も、「東京オリンピックでのアベベ選手の優勝50周年を祝う」
ということだった。

もちろん、アベベ選手を私はリアルタイムで観ていたわけではないが、その武勇伝は
記憶に刻まれている。確か裸足でマラソンを走って金メダルだったはずと思ったが、
それはローマオリンピックのときで、東京オリンピックでは「東京の道路には
ガラスの破片が落ちているかもしれないから裸足はやめて」と関係者に懇願され、
靴をはいたとか。
ふーん、でもローマの道路にはガラスの破片は落ちていないのかな?

パーティでふるまわれたエチオピア料理はとっても美味だった。
特に、殻粉を発酵させたインジェラという食べ物は、ふわふわとしたクレープみたいで
格別。このインジェラで、肉や野菜のおかずを挟んで手で食べるのが
エチオピア・スタイルだが、慣れない自分にはフォーク無くしてはちと難しい。

エチオピア航空の人も来ていて、近く、日本からの直行便を飛ばすので大忙しだと
言っていた。
週に3便というから、果たして日本からエチオピアに行く人がそんなにいるのかと
首をかしげたが、アフリカ大陸のハブとして、他国への乗り換えに使えるのだと聞き
納得した。

後日、ネットで調べてみると、これまで日本からアフリカへの直行はエジプト便が
あったのだが、エジプトの政情悪化によりストップしているという。
それに代わる形で出てきたのがエチオピア便というわけだ。
しかし、エチオピア航空の運行は、どうも最初は夏ごろの予定だったのが、
遅れに遅れて年内に飛ぶかどうかの瀬戸際の模様。

2014年は年頭の安倍首相のアフリカ訪問に始まり、6月には第1回アフリカ経済戦略会議が
日本で開催され、アフリカとの経済交流元年ともいえる年だった。
きっとその勢いの中で出てきた日本ーエチオピア便の企画なのだろうが、
なかなか飛ばないのは、エボラ熱の影響だろうか。

エチオピア人を妻に持ちアメリカに住むイギリス人の友人からは、今度はエチオピアの
国に連れていってやると言われている。
そして、エチオピアと日本をつなぐビジネスを立ち上げたいから一緒ににやろうとも。
もちろん、私がそれに関わったとしても、PFCの仕事の妨げにならない程度にしか
できないが、何事もご縁。Why Notという心境である。

また、エチオピアの隣国には、(私が代表理事を務めるNGOの)JENが出動している
南スーダンもある。いつか視察に行かなければと思っていたところだ。

アベベくらいしか頭に浮かばなかったエチオピアに親近感が沸いてきた1日となった。

I bless the rains down in Afrika
Gonna take some time to do the things we never had
(Africa by Toto http://www.youtube.com/watch?v=NMYOlc4Fvx0)
・・・この歌、大好き
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2014年08月31日

再生JALに見た真実の瞬間

今年の夏休みは、沖縄の西表島に行った。
イリオモテヤマネコには残念ながら遭遇することはできなかった。

西表島までは、那覇経由で石垣島まで飛び、石垣島から西表島へはフェリーで行くという旅程だったのだが、那覇→石垣島の飛行機が整備の都合で1時間遅れるというハプニングがあった。
那覇の空港で、遅延のアナウンスを聞いたときは、焦った。
石垣島から西表島の最終のフェリーに間に合わないかもしれないという事態だったからだ。

そこで、旅をアレンジした旅行代理店(JTB)、西表島で泊まるホテル(星野リゾート)、そして飛行機会社のJALの3社にとりあえず事情を訴えてみた。

旅行代理店とホテルの電話での対応は、型どおりのもので、大した助けにはならなかった。

驚いたのはJALの対応だった。まあ、元はといえば、JALの飛行機が遅れたせいではあるが、アメリカなどでは、飛行機が1時間遅れようと10時間遅れようと、飛行機会社からは謝罪のことばの一つすらないのが当たり前である。
ところが、JALはといえば、何名もの人が連携プレーをして最大限の努力をしてくれた。
グラウンドスタッフの人は、フェリーの会社に連絡を入れて、ぎりぎりまで待つようにお願いしておくと言った。フェリーの詳細情報で確認したいことがあると、わざわざ機内にまで乗り込んできたスタッフもいた。
機内のCAは、着陸したらすぐに私たちが出られるように荷物を前のほうに運んでおいてくれた。
石垣島に到着して飛行機から一歩踏み出したところで、待っていたスタッフが「さあ!行きましょう!」と、空港内を一緒に走ってくれた。
港に行くまでのタクシーをスタンバイさせていると言う。
さらには、タクシーに乗り込む前には別のスタッフの人が駆け寄ってきて、名刺を渡しながら、このように告げた。
「もしフェリーに乗れなかったら、お電話をください。当社持ちで石垣島のホテルを手配します。タクシー代も当社が負担させていただきます。」

いやあ、ここまで頑張ってもらったら、感動するしかない。
たとえ、フェリーに間に合わなかったとしてもネガティブな気持ちは一切生じてこない。
(結局、フェリーには間に合った。。。)

1980年代に「真実の瞬間」というスカンディナビア航空の再生物語が出版されて、ずいぶんと話題になった。それは、顧客の評価というのは、サービスの在り方の一瞬で決まってしまうということを言っていた。つまり、スタッフがちょっとでも横柄な態度を見せたときに、その会社の評価は決まるということだ。
JALは最近、高級路線を追求していて、シートの空間を拡げたり、機内食を豪華にしたり、ということがよく報じられている。そうしたハード面のサービス向上に負けずとも劣らない人的サービスを見せたことに拍手喝采、まさに私にとっての真実の瞬間であった。

一方の、旅行代理店とホテルだが、いくら飛行機が遅れたのは飛行機会社の責任とはいえば、もし自分たちのミッションを「楽しい旅のお手伝い」などと定めているのであれば、このような瞬間に何ができるかを必死で考えるスタッフを育成してはどうかと、最後にチクリ。

西表島で、小次郎さんという名の水牛に引かれて牛車で、離れ島まで海を渡る。
小次郎さんに「夏休みなんだから、そんなあくせくしなさんな」と言われてしまうね。水牛1.JPG水牛2.JPG
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2014年07月28日

メキシコのピラミッド

今日のテレビのニュースで、メキシコのテオティワカンを観光する安倍首相が出ていた。

私も、メキシコの遺跡を20数年前に訪れたが、人生で行った数々の旅行の中でも
最も印象に残る旅の一つだった。
何しろ、今から2000年も前に人間が成した業を見てとにかく肝をつぶす。
驚くのはスケールの大きさではなく、ピラミッドから見てとれる古代人類の知恵の
豊富さだ。
特に天体観測に基づいた暦の正確さは有名だし、4万種にも及ぶ文字も有していたらしい。

ただテオティワカンは、人(観光客)が多すぎて、今一つ雰囲気にひたれない。

それに対し、チェチェン・イッツァのピラミッドや、ジャングルの中にある隠れ家的な
パレンケのピラミッドは、もっと静かで、すごく良かった。

これらピラミッドのそばには、肘をついて膝を立てて横たわる人の形をしたチャックモール
の像がある。神社の狛犬のような存在かと思いきや、とんでもなかった。
神々へのお供えとして、人間の心臓を置くためのものだという。

また、チェチェン・イッツァには、ピラミッドに隣接したところに競技場があり、
その競技で勝ったチームが、神々への生贄になったという。
負けたチームではなく勝ったチームなのは、生贄になるのは名誉だったからとか。
最初は生贄と聞いて、「高度な文明を持ちながら何故こんな残酷なことをするのか」
と思ったが、当時はこれが残酷なこととは考えられていなかったのだろうか。
どう考えても、生きたまま心臓をえぐり取られたら苦しいはずなのだが、、、

競技場の観客席に座って、そこに古代マヤ人がサッカーが何かをしているところを
イメージしてみたり、生贄になる人の心境に思いを馳せてみたりしていると、
タイムトリップするような感覚に襲われたものだった。

と、テレビを見ながら、マヤ文明の謎に再び心躍らせようとしていたところ、
テオティワカンの太陽のピラミッドを登りきった安倍首相が、
(登りきって願いをこめるとかなうという言い伝えに合わせて)
「デフレ脱却!」と言うのを聞いて、一気に興ざめした。
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2014年06月28日

日本の未来を語ろう@ラウンドテーブルジャパン

6月6−7日に行われた「ラウンドテーブルジャパン」に参加した。
この会合は、政財学界の論客が集まり、日本の未来について議論する場。
テレビや新聞でおなじみの人も数多く、丁々発止の議論が起きることもあり面白い。
http://www.roundtablejapan.com/program.html

この10年間、毎年開催されているようだが、私は4年ぶりの参加だった。
その4年前のときは、元外務省高官が、
「おばさんたちの会話を聞いていると、女性が社会に進出するにはレベルが低すぎる」
みたいなことを発言した。これは聞き捨てならないと、私は、
「外務省高官がこのような時代遅れの考え方では、諸外国にどう思われることかと、
嘆かわしい」と応戦した。
あとで休憩時間のとき、別の男性参加者が、「あの人は、田中真紀子が外務大臣
だったときにひどい目にあったから、女性蔑視になっちゃったんだよ」と教えてくれた。

それから4年、景色は様変わりして、政治家も官僚も財界人も学者も誰しもが
「女性の社会進出を増やさないと」と言うようになった。
それはよいとして、日本の人口減少問題の対処のためには、女性だけでは
到底足りない。次なる課題は移民である。
高度人材の移民を増やすのはもちろんのことだが、育児や介護をする労働者も増やさないと、
女性(あるいは男性も)が働くのが難しくなる。
先週、発表になった安部政権の成長戦略で、一応、外国人労働者のことも含まれていたが、
まだまだ踏み込み不足である。
今年のラウンドテーブルでは、外国人有識者はそろって、移民の必要性を主張していたし、
私自身も、数値目標を掲げ、もっと思い切った政策をとるべし、というのが持論だ。

しかし、政・官・財の中には、イデオロギー的に移民を受け付けない(私に言わせると
要は単なる外国人アレルギーだが)人が少なからずいて、なかなか抜本策までいかない。
ある若手自民党議員は、「移民の勉強会を党内に立ち上げようと思ったら、『移民』という
ことばを使うのはダメ、『研修生』ということばにせよ、という通達が来た」と言っていた。
議論することすら許されないとは!

きっと、移民は票にならないから政治家は及び腰なのだと思っていたが、
地方の情勢を肌で知る有識者からは、「地方に行けば、みな人手不足で困っていて
『何とか移民が増えるようにしてほしい』という声があるのだ」という発言があった。
介護施設の経営者にいたっては、「入居者が死んでいく。人手さえあればもっと何とかなるのに」
と悲痛な叫びをあげていたそうだ。
そうか、もしかすると、外国人を増やす政策を掲げる政治家に票が集まる日は
もう目の前に来ているのかもしれない。


おまけにもう1つ。コーポレートガバナンスについての議論していたときのことだ。

ある有名日本企業の経営者からは:「これからは、上場企業の会長、社長の経験者は
社会貢献だと思って、全員が他社の社外役員を務めるようにしたらよいと思う」
ある女性の学者は「上場企業の会長、社長の中には、しょうもない人たちもいるから、
そのアイデアはいかがなものか」

外国人の参加者らからは、「社外取締役をいくら入れたところで、指名委員会がないのなら
意味がない。社外役員の役割は、経営者を監督し、不十分だと思えば首をすげかえること
なのだから」

すると、先の有名日本企業の経営者からは、「わたしたち経営者というのは、
真面目にがんばってるんですよ!」と、いきなり精神論を持ち出して、訴えた。

普通の講演会のような場では、有名日本企業の経営者のお話はありがたく聞くものとして
扱われるのだろうが、そうはいかないラウンドテーブルジャパンならではの
滑稽な一幕だった。
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2014年05月29日

ルークと資本主義

つい先日、初対面の人に「趣味は何ですか」と聞かれ、答えに詰まってしまった。
この10年間、「犬遊びです」と即答してたことが言えなくなったことに気づいた。

ルークがいなくなってこの3か月、じゃあ何をしていたのだろうと振り返ると、
気分を紛らわすためも含め、犬連れでは行けないところに足を運んだ。犬連れNGのレストランとか旅館とか、DVDではなく映画館で映画を観るとか、飛行機に乗って小旅行とか。(もっともゴールデンウィークは四国に行く予定が、寝込んでしまってかなわなかった。)

それから、報告がてら、犬連れOKの行きつけだった店などにも足を運んだ。そのうちの1つ、北軽井沢のルークの遊び場だったドッグバケーションには、ルークと同じ犬種の看板犬がいるのだが、ルークと同じ病気で逝ってしまった。我々が訪れた3日後のことだ。なんだかルークが呼び寄せてしまったような気がして、申し訳ない限りだ。

ルークの訃報に多くの人が悲しんでくれた。ルークに会ったこともないのに、涙を流してくれる人まで多数いて、こちらが驚いてしまうくらいだった。

ただ、涙を流す人は全員女性だった。女性の共感力が男性よりはるかに強いことを図らずも実感した。最近、組織の要職に就く女性が増え、新聞などのインタビュー記事では、必ずといってよいほど「女性だからどうということはない」と女性たちはコメントしている。私自身もこれまでは、男女差を考えるのは意味がないと思いながら生きてきたのだが、今回ばかりは、統計学的にも、あるいはどう見ても、明らかなる違いを目撃し、考えを改めるに至った。

最近、資本主義研究会なる非公式の勉強会に関わっていて、資本主義の本質とは何かを追求するという大それた試みをしているのだが、突き詰めると、人間の欲(強欲、支配欲など)や共感性が資本主義を形作っているということにたどり着く。そうだとしたら、今のアベノミクス政策の勢いも借りて、共感力に優れた女性が資本主義の舞台の主役に増えてきたとき、資本主義の様相が変わっていくのかもしれない。楽しみである。


※資本主義研究会主催「資本主義の教養講座」次回のお知らせはこちら
http://www.peoplefocus.co.jp/shihonshugi_2/
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2014年04月28日

上海「タレントマネジメント」ラウンドテーブルから

PFCは中国・上海で、タレントマネジメントに関する公開講座をシリーズで開催し始めた。第1回目はレノボにファーウェイ、第2回目はハイアールと、今日世界を席巻する注目企業の人事の方にゲストスピーカーとして登壇していただいた。私自身は上海に行って第2回目に参加して、ハイアールのお話を直接聞く機会を得た。

ハイアールの話には驚愕した。詳しくは近日中に発行されるPFC新聞に譲るが、これほどに、経営目標に直結したパフォーマンスマネジメントと、実力主義と民主主義の両方のもとに成り立つタレントマネジメントの仕組みは、世界でも見たことがない。

海外では、優秀でやる気のある人は日本企業を選ばないとよく言われているが、中国でも例外ではない。中国で優秀な若者は、以前は欧米企業での就職を目指していたが、今やハイアールやファーウェイが一番人気だという。
一方、日本人駐在員がマネジメントポジションを独占し、成果を出そうが出さまいか、評価も報酬もさして変わらないような日本企業は、優秀な人材の眼中にないのは当然だろう。では日本企業はどうしたらよいのか。逆立ちしたってハイアールの真似できないだろうし、真似すればよいというものでもない。

そのヒントを与えてくれたのは、40−50代の中国人たちだった。ある中国人は、ハイアールは残酷であり短期収益主義に走っているのだという。その言葉は、ハイアールのプレッシャーやペースについていけない旧世代の負け犬の遠吠えとも取れなくないが、当たっていなくもない。別の中国人は、「あの仕組みは若い人にはよいが、サステイナブルではない」と言った。近い将来、中国が高齢化社会となり経済の成熟を迎えたとき、ハイアールのやり方は確かに通用しないだろうと私も思う。

日本企業は、もっと自社の理念を強くアピールすることで、異なる働く価値観の選択肢を提供すべきだ。地球や社会と共生してくという素晴らしい理念を多くの日本企業は持っているのだから。そのような理念に共感する人たちを惹きつけ、ミッション志向でエンゲージメントの高い組織を作り上げる可能性があると思う。
そのためには、2つの課題がある。1つは、自社理念を現地社員に理解できるように説明し、かつ実践して見せることのできるリーダーを増やすこと。海外現地法人における理念浸透活動は、ここ5,6年で随分と進んだ印象はあるが、まだ紹介程度に終わっているところが少なくない。
もう1つは、現地法人による社会貢献活動を増やすことだ。やっていないわけではなくPR不足なだけという意見もある。そのどちらにせよ、少なくとも中国人の間で、「日本企業はCSRに熱心だ」という声はきかない。現地法人のトップとなる人は、その国の社会にもっと溶け込み、単純な寄付等のみならず、自社事業を通じて地元社会に貢献するよう導き、そのことを社内外にアピールできることが求められる。つまりは「GIAリーダー」たれということだ。
GIAリーダーについてはこちらをご覧下さい。

ところで、私が次にぜひ話を聞いてみたいと思う中国企業はアリババだ。先日、来日していたハーバードの教授が言っていたのだが、アリババで経営会議の最後に、経営陣が全員「頭立のポーズ」をしていたのを目撃したというのだ。馬会長にその理由を尋ねたら、「視点を変えれば物事が違ってみえることを体感するため」という答えが返ってきたという。
They were doing headstand とハーバードの教授が言ったとき、最初、私は英語を聞き取り間違ったのかと思ったよ!

他国に学ぶことは多いね。

※前回の記事に書いたようにルークが旅立ったので、ブログのタイトルについて迷っています。
でも、ルークはまだ私のそばにいてくれるので、当面このままのタイトルで行くことにしました。
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2014年03月04日

ルークの旅立ち


2014年3月4日夜明け前の4:30am、飼い主二人に見守られる中、
ルークは旅立ちました。

まるで、ルークは、この日なら飼い主二人とも、仕事の予定が詰まっていない
ことを知っているかのようでした。

お昼過ぎまで、おうちで一緒に過ごし、午後に府中にあるお寺にまで出向いて、
火葬し、お坊様に供養してもらうことができました。
夜には、簡単ですが、祭壇ができました。


ルークは本当にハッピーな子でした。

私はよく「地球上にいる全ての人を愛して止まない」という枕詞をルークに
つけていました。

ある人は、「ルークは何がそんなに楽しいの?」とよくルークに聞いていました。

別のある人は、ルークのことを、「天真爛漫くん」とあだ名をつけていました。

また別のある人は、ドッグランにいる人、全員に挨拶してまわるルークを見て
「ルークって、『ボクの幸せをみんなに分けてあげる!』と言っているみたい」と
言いました。

ルークは、ほんとうにたくさんの幸せをくれました。
我が家の太陽のようでした。
10年と6か月、一緒に生きてくれて、どうもありがとう。


そして、ルークのことをかわいがってくださった皆様、ありがとうございました。

さいだん.JPG


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2014年02月28日

ルーク闘病中


1か月くらい前から、ルークがびっこをひくようになりました。
最初は、(いつものように)はしゃぎすぎて足をねんざでもしたのだろうと
思ったのですが、一向に治らないので、医者に見せたところ、
骨髄腫の疑いがあるとの診断でした。

血液検査やらレントゲンやら、全身麻酔して骨の組織を採取する検査やら、
CT検査まで受けたのですが、なかなか原因が特定できませんでした。

ただでさえ病院が苦手なルーク、検査が負担だったのか、どんどんと
元気がなくなり、ある朝、まったく動かなくなってしまいました。
舌が真っ白、手足が冷たく、内出血に違いないということで、
今度は開腹手術を勧められました。

とても迷いました。こんなに弱ったルークが開腹手術を耐えられるのか、
病院に入院していたら寂しくて余計に悪くなるのではないかと、
本当に難しい決断だったのですが、一筋の希望にかけ、開腹手術に踏み切りました。

手術では、かなりぼろぼろになっていた脾(ひ)臓を摘出、脾臓の中に腫瘍が
あった模様です。そうすると、やはり足の骨にも腫瘍があるのだろうとのこと。

ルークはがんばって開腹手術と5日間の入院を耐え抜き、家に戻ってきました。
ただ、あいかわらず、食事と排泄のとき以外は全く動きません。

これからはなるべくそばにいて見守ってやりたいと思っています。

暗い話ですみませんでした。
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