アダム・カヘイン氏といえば、世界中のファシリテーターの間でレジェンド的存在である。南アフリカのアパルトヘイト(人種差別と隔離の制度)撤廃や、コロンビアにおける内戦終結など、長年に渡って世界各地における社会問題の解決にファシリテーターとして貢献してきた実績を有している。ポッドキャストでは、そんな彼が、ファシリテーションの極意を語っているのだが、その本筋から少し逸れて、マイケルがソーシャル・エンタープライズ(社会価値創造に取り組む組織)について尋ねたときのカヘイン氏の回答の中に、私が興味を惹かれたコメントがあったのでご紹介したい。
それは「ソーシャル・エンタープライズでは、指示命令型のマネジメント・スタイルはあまり通用しない。それでいて、ソーシャル・エンタープライズには、部下を酷使しようとするリーダーが少なくない」というコメントだ。弊社や私自身が数々のNPO団体と関わってきた経験からして、大きくうなずけるものであった。
まず、ソーシャル・エンタープライズではなぜ指示命令型のマネジメント・スタイルが通用しないかといえば、そうした組織に属している人たちは社会課題解決を使命と感じて働いているからだ。あるNPOの職員は、ずばり、「I don’t work for my boss. I work for my beneficiary」(私は上長に仕えているのではない。受益者に仕えているのだ)と公言していた。一般企業に当てはめれば、上司の顔色をうかがうのではなく顧客の方を向いている、というわけだから、理想的な社員のようにも見えるが、組織として動こうとするときに足並みがそろわないので、こういう人は厄介な存在となり、「問題社員」のレッテルを貼られかねない。
また、金銭が主たる動機付け要因ではない人たちなので、成果連動のインセンティブのシステムも、一般企業ほどの効果を発揮しない。これらのことから、ソーシャル・エンタープライズにおける人材のマネジメントは、一般企業のそれよりも数倍難しいと実感している。
次に、ソーシャル・エンタープライズのリーダーに部下を酷使しようとする人が多いとは、どういうことか。カヘイン氏は「『自分たちは世の中にとって善いことをやっているのだから』という想いが強く、当然のようにメンバーに仕事をどんどんと押し付けてしまいがち」と述べている。
さらに、私自身の観察からすると、ソーシャル・エンタープライズのリーダーらは、溢れんばかりの社会課題解決に向けた情熱を持っている。これまた、一般企業においては優れたリーダーの在り方というように言われるが、その情熱が職員の心に火をつけるのを通り越して、心を焼き尽くしてしまっていることがある。弊社の研修では、「リーダーたるもの常にビジョンを語るべし」と教えているが、あるNPO団体のリーダーの方は「私がビジョンを語れば語るほど、職員たちは引いていくのです」と悩みを吐露し、私は絶句してしまったことがある。
かくして、社会のために力を尽くしているということで対外的には聖者のように称賛されているソーシャル・エンタープライズのリーダーが、組織内では「鬼」呼ばわりされていることもあるのだ。
奇しくも、つい1か月前のことだが、弊社主催のあるセミナーでゲストスピーカーに招いたソーシャル・エンタープライズの経営者の方が、その体験談を赤裸々に語っていた。この企業は、現在はCSV企業(※CSV=Creating Shared Value)として大きな成功を収めている。つまり、途上国での貧困問題に大きな貢献をしつつ、商業的にも成功している。ただ、創業して間もないころ、彼は「公開裁判のような目に合った」と言う。従業員らに呼び出され、「人が次々と辞めていくのは、あなたのせいだ」と責め立てられたというのだ。彼は、それをきっかけにマネジメント・スタイルを変え、従業員に対する配慮を忘れないようになり、組織を成功に導くことができた。多くのリーダーが、メンバーからのフィードバックを受け入れ自分を変えることに苦労している中で、この方の変身ぶりは尊敬に値する。
弊社は、いくつかのNPO団体において、エグゼクティブコーチングや、リーダーと職員との対話促進のファシリテーションなどを提供しながら、そんなリーダーたちを応援してきたし、これからも応援していく所存である。
また、多くの一般企業が社会価値創造事業に舵を切っている今日において、NPOリーダーや社会起業家の経験から学べることは多い。彼らの経験談を聞いてみたり、組織的協業なり個人としてのボランティアワークなりを通じて、こういった組織に関わってみたりすることをお薦めしたい。それらの組織が挑んでいる社会課題についてだけでなく、社会価値創出に心を捧げている人たちのマネジメントはどうあるべきかを学べることだろう。