2010年11月07日

ハイチ紀行

JENの理事として、地震から10ヶ月たったハイチを
5日間に渡って視察した。国際支援の入門者である自分に
とっては、まだ消化しきれないことばかりだが、
永遠に消化できないかもしれないので、とりあえず
報告と感想をアップすることにする。

崩れかかったままの建物は街中のあちらこちらにある。

倒壊.jpg

がれき.jpg

大統領府ですら崩れたまま!

大統領.JPG

地震による死者は20万人、被災者は200万人。
いまだ100万人強がキャンプ村で生活している。
キャンプ村にも、国際支援の関与の差によって、
松竹梅がある。

これ↓は松のテント村

テント松.jpg

これ↓は梅のテント村

テント梅.jpg

JENが活動しているのは、Leoganeという地域の村。

JENはそこの地域で井戸水のポンプを建設している。

ポンプ場で元気に水を汲む少女。

水くみ.jpg

そして、現地のコミュニティからボランティアを募り、
(なんと429人も集まった)手洗い励行などの
衛生に対する啓蒙活動を住民に対して行っている。

識字率が決して高くないハイチでは、絵コンテを使って教育。
「この絵は、正しい容器の使い方でしょうか?」という
質問から教育は始まる。
さて、この絵↓の答えは?

ようきの絵.JPG

正解は、NO!真ん中にある容器のふたが微妙に空いている。
きちっと閉めましょう、ということだそうだ。
うーん、間違い探しクイズみたいで難しい。

ハイチでとにかく、最も印象に残ったのは、子供達が明るくて、
人懐こくて、一緒にいると、こちらまで楽しくなって
きてしまうこと。最初は、お小遣いねだりされるのかと
やや警戒してしまった(そういう目に、他の国では
あったりしたから)が、そんなことは全くない。
写真を撮られるのが大好きで、「わたしを撮って!」と
アピールしてくる。そして自分が写った写真を見ては大笑い。

子供1.jpg
子供2.jpg

私がこんな楽しい思いをできるのも、JENの現地チームの
日ごろの努力のおかげ。
パキスタン人、日本人、フランス人、カメルーン人の
国際色豊かなチームだ。
小柄で美しい日本人女性のTさんは、ハイチに常駐し、
日本語・英語・仏語を駆使し、活躍している。スゴいよねー。

JENチーム.jpg

ハイチ視察して、国際支援というものが益々わからなくなってきた。
日本で見る支援呼びかけのポスターなどは、哀しげな女性や
うつろな目をして痩せ細った子供たちがいるが、実際の現場では、
なかなかそういう被写体は見当たらない。
日本で見る「お情けちょうだい」的なポスターって、
どうなんだろうか。。。

一方で、「ハイチ人は楽しそうでいいじゃない」では
済まされない現実もある。あの子供達が、いつハリケーンや
コレラで命を落としてもおかしくないのだから。

国際支援の現場訪問は、ブータン、スリランカ、ハイチと
3カ国目だが、それぞれ事情があまりに違う。

ブータンは、国際支援なくして自給ができない貧しい国だが、
幸せの国であることはよく知られたとおりで、今や、
先進国からも羨望の眼差しで見られている。
実際に訪れたときも、皆、穏やかで平和で慎みやかに
生活していて、あのままでいてほしいと思った。

スリランカは、津波と内戦の傷跡が深いものの、
復興に向かう兆しが多く見られた。国民は国づくりに燃えていて、
この国は、これからおおいに発展していくだろうと確信できる。

ハイチの場合は、そもそも地震の前から、失業率が
7−8割もあったという国。地震からの復興といっても、
何をもって復興というのかよくわからない。
国民も何を目指しているのかもわからないし、
何も目指していないような気もする。
そこで、各国が支援し続けることが
何につながるのかも正直よくわからない。
ただ、天災は人類の知恵と工夫で避けられる。
(実際、同じ震度だったニュージーランドでは、一人の死者も
出なかった)
救える命がそこにあるのだけは確かだ。


posted by ルークブログ at 21:03| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Posted by 添え状 at 2014年07月07日 10:54
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